#32 やまない咳と(All-New Sandwiches)

先週のこと、急な発熱で寝込んでしまい、PCR検査を受けた結果コロナウイルスに罹患していることがわかった。テレビのニュースをつければ「今日の新規感染者は何人……」などとあるが、実感に乏しく思われたその数字についにおのれも計上されてしまったわけだ。おうう、そうか、と熱っぽく腫れた喉でうなるほかなかった。

「withコロナ」を謳うこの時世ではあらゆる活動において感染のリスクは承知の上、もはや確率の問題だと割り切っていたつもりでも、どこかでは「自分は大丈夫」と慢心のあったことを否定できぬ。実際にかかってみれば、続く高熱に異様な喉の痛み、やまない咳の症状にすっかり弱り、さらには自宅隔離の期間を含めて予定していた多くの約束事を反故にする結果になり(そこには本当に大切なものも含まれていた)、肉体的にも精神的にもしょげかえる始末なのだった。再三SNSにも書いているが、迷惑をかけた関係諸氏には本当に申し訳なく思っている……。しかし避けようがあった事態なのかどうか、それはわからない。

今現在、発熱から一週間とすこしが経過し、ようやく平時の体調に戻ってきた。とはいえ、まだ全身を包む倦怠感と、しつこい咳の症状に悩まされている。なんとかこの状態でもできそうな雑作業をこなし、あとはごろごろぼんやりと過ごしていて、MCUの新作ドラマ『シー・ハルク』を観た、あと適当に選んだ『地下に潜む怪人』という映画や、そうだ、『マリグナント 凶暴な悪夢』も観た(これはわっはっはと笑える映画だった)。

それから、やっと文字を追えるようになったので枕元には『引き出しに夕方をしまっておいた』(ハン・ガン 著/きむ ふな・斉藤真理子 訳/CUON /2022)、『マーク・フィッシャー 最終講義 ポスト資本主義の欲望』(マーク・フィッシャー 著/大橋完太郎 訳・解説/マット・コフーン 編/左右社/2022)、そして『君たちはしかし再び来い』(山下澄人 著/文藝春秋/2022)の三冊を置いてかわりばんこに開いて、閉じてしている。とくに最後に挙げた『君たちは〜』に関して言えば、病やそれによってよって変容した身体についての記述が多分にあり、なんだか自分事らしく読んでいる。

ただ弱った体では、気を抜くとすぐに言葉が目をすり抜けてどこかへ散らばってしまい、あれっこれは何を書いているのだったかしら、と何度もページを捲り直してばかりいる。じっさいこんな状態で読んだ内容をどのくらい覚えていられるだろうか、それもわからないけれど、それでも「読む」ことによって回復される回路もある気がして、そう、たったの一週間寝込んでいただけで、それ以前のおのれのうちにあった思考や身体感覚の連なりがごっそりと抜け落ち損なわれたような感覚もあり、おそらく盛大な勘違いであることは理解しながらも、それを取り戻そうと焦る、焦るのはなぜやろか、自分がいる。

間近に迫っている復帰ライブへの準備ほか、「maco marets」としての活動の諸々がストップしてしまっていることは大いに問題であるにしろ、今しがた書いたように「たったの」一週間である。高熱に伏したその間、いかに茫漠とした時間を過ごしたとしても、長い目で見ればきっと大騒ぎするほどのことではないはずだ。それだのになにか「損なわれた」と感じる、あるいは、ほとんど覗けずにいたSNSのホーム画面、そこに連なる投稿におのれとの大きな隔たりを感じることもある、これはめまぐるしいタイムラインをフォロー&キャッチアップし続けなければならぬという(じつのところまったく無根拠で不必要な)要請に毒されているからか。

ブログなどの連載だって、休んだところでさしたる支障はない。ただ先週は告知こそできなかったが、予約投稿済みの記事があったので何事もなく「音読部」「All-New Sandwiches」「B.N.」とそれぞれ投稿されており、ならば今週も穴を空けるわけにはいくまい、と今この記事をでっちあげているわけである(残念ながら、咳が止まらないので「音読部」は休まなければならなかった……)。それは「まったく無根拠で不必要な」執念であって、や、書いても書かなくても、読者の方はもちろんのことおのれ自身にとっても畢竟どうでもいいことなのだが、それでも書いてみているのは、なにか、そうすることでしか満たされぬ欠乏の感に支配されているからだろうか。

病めるときも、健やかなるときも、いつも、書くことで癒されているのは他ならぬ自分なのだ。何千字かのブログでも、短いツイートでも、おのれを慰撫する意味では同じ文字使用のありかたのようにも思える。書き、それを世に問わずにはいられない……得体の知れない欲動のようなそれは、ちょっぴり恐ろしい。それでもそのこころよさを知ってしまっては、やめられなくなる。書くことが回復の効果を持つ、といえば聞こえはいいが、その欠乏は、病めいたそれはいったいどこからくるものか? ウイルスのように、知らぬ間に外から伝播されたものではないか。

ともかくも、病める身でもわたしは書いた、書かされた? この記事はとうぜんいくばくの意味も持たないことを承知の上でアップしておく、それが癒しであると感じる限りは有効である、というある事実を否定できないままで、ある。

ただし、いくら書いたところで咳はやまない。いわんや、空漠たる欠乏をや! 喉は痙攣し続けている。


おしらせ

▶︎リリースワンマン公演@渋谷WWW 開催決定(チケット発売中)
9月28日(水)最新アルバム「When you swing the virtual ax」のリリースパーティを開催します。
詳細はこちら→https://www.macomarets.me/blog/news220809

▶︎音楽フェス『岩壁音楽祭2022』出演決定
※第1弾アーティストとして Omega Sapien、Ena Mori、CYK、ermhoi + 小林うてな、maco marets、さらさ 出演決定
詳細はこちら→https://www.gampeki.com/

▶︎最新アルバム『When you swing the virtual ax』配信中
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▶︎連続配信シングル第6弾『Moondancer』配信中
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