#39 しょうゆはいっとうあまいもの(All-New Sandwiches)

先日、ライブ出演の関係で正月ぶりに実家に帰省する機会があった。福岡県福岡市。わたしの生まれ育った土地。ここで最後にmaco maretsとしてライブをしたのは2020年の3月ごろだったはずで、つまり未曾有のウイルス禍のやってくる直前なのだった、それから約2年半の年月を経てようやく地元で歌う機会に恵まれたわけだから、両親も喜んで迎えてくれた。

して福岡に帰っても実家でごろごろしてばかりいるのが常、たいして動き回ったりもしないのだが、ただ一点、食事にかけては並々ならぬ気合いをかけている。里帰りの折にはかならずと言っていいほど食べるものをここでいくつか紹介したい。

ひとつが納豆である。そんなものどこでも食べられるだろうに、とおっしゃる御仁もいるだろうけれど、違うのだ。九州の納豆には俗にいう「あまかたれ」というものが付いている商品がある。これは「甘か(=九州の方言で『甘い』の意)+タレ」という名の通り、甘口の醤油だれのこと。この効果といったら凄まじく、や、食べてみればわかるが、がぜんお豆の味がいきいきしている、気になるくさみも少ないし、ご飯と合わせればお米の旨味と相まって何杯でもおかわりしたくなる。

あまり比べるものではないが、明らかに関東で売っている納豆より美味しく……少なくともわたしの舌にとっては……感じるようにチューンナップされたそれは、叶うなら買いだめして持ち帰りたいとも思う、が、傷みやすいし賞味期限も長くはないから、毎度あきらめため息をついている。なぜだろうか、東京でスーパーに入れば、北海道産の納豆や水戸納豆などは揃っているのに、九州の「あまかたれ」付きの納豆はついぞ見かけない(もしも売っている場所を知っていたら、ぜひとも教えてほしいです)。

だいたい、関東に出てきて一番に違和感を覚えたのは、醤油の味なのだった。上京したて、中野区のワンルームで調味料一式を揃えはじめて料理をしたとき。目玉焼きでも作ったのだったか? ふと舌に触れた醤油があまりにも辛いのでなにか間違ったのかと目を白黒させつ転動しつするありさまだった。九州の甘口醤油に慣れきったわたしには、それが赤錆のような、血液のような味に感じられたのである。いま上京10年目ともなれば多少は慣れてきたけれど、積極的に使おうとは思わない。「あまかたれ」はともかく、九州風の味付けの醤油ならばスーパーにも置いているから、そちらを選ぶ。わたしにとって醤油は甘いもの、なのだ。

関東、関西で味が異なるといえば、うどんなんかの出汁も有名だろうか。福岡に帰って必ず食べるもの、もうひとつ挙げるならばそれは福岡・佐賀・長崎の3県のみで展開しているうどんチェーン店「釜揚げ 牧のうどん」・早良店のおうどんとかしわごはん。これも、関東では決して食べることのできないものである。先の納豆と同様に甘めのお出汁に、讃岐うどんなどのコシが強いタイプとは真反対の、やわらかい麺がたっぷり浸かっている。トッピングは、牛肉+ごぼう天がお気に入り。甘くて、やわらかくて、と書くとなんだかお子様用のうどんのように思えるかもしれない(それは「お子様」に失礼かしら)けれど、これがざんぶざんぶと食べられて非常によい。

忘れちゃいけないのがかしわご飯で、わたしは「牧のうどん」早良店のかしわご飯以上に美味しい混ぜご飯というものを食べたことがない。それくらい、物心ついたころから愛してやまない味である。シンプルだけど、これもお醤油が効いていて、付け合わせのたくあんをかじりつつかき込めば、ああ! これを書いているのは朝の8時だけども、朝食はまだだ……キーボードを打ちながら、思わず口によだれが湧き出してくる。

さきほどから「早良店」と付け加えているのは、いっぱしの「牧のうどん」ラバーを自負しておきながら実家の近所にあるその店舗のほかは足を運んだことがないからである。わたしが知っているのはあくまで早良の味だから、もしかすると他の店舗ではまた異なる驚きがあるのかも知れぬ。いつか行ってみたいとは思いつつも、「果たしておれの地元の店を越えられるのかよ?」とここでもまた、味の趣向ともすこしずれたところの頑なさを発揮してしまいそうだ。

ただこれら愛する味わいには、ふだん半年や1年に1回きりしかない帰省で味わうからこその感慨も乗っかっていることは否定できない。きっと近所にあって毎日のように食べていたとしたら、碗を前にしてこれほどの喜びは得られないだろう。納豆もそう。ここではもう書かないけれど、菓子パンの「マンハッタン」とかね、ほかの食べ物も同じ。たまに再会するくらいがいいのかもしれない。

幼年からすりこまれた味、あるいは唐突に広げてしまえば己自身がふくむあらゆる傾向(バイアス)も、ある距離と時間をもってはじめて相対化できるように思える。外に出なければ、それがけっして普遍のものでないと知れない。これは先日書いたような、「旅でばらばらになる」体験とも似通っていることだろうか。

「醤油は甘いもの」というのだって、他の誰か、あなたにとっては違うかも。さんざ地元・福岡びいきなことを書いてきたところで、また、自分のもつ傾きを自覚せねば、などと殊勝な顔をしてみよう。ただ、福岡に遊びにきたならば「牧のうどん」はぜひ試してほしい。いっとう美味しいはずだから。


おしらせ

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