【B.N.15】おどろきもものきモンブラン(Sandwiches / 2020.4.23)

(この記事は2020年4月23日に投稿した内容をそのまま再掲したものです)

部屋にいる時間が増えますと、これまですっかり風景と化していた家の中のものものと目があうようになります。みなさんも経験ございませんか。わたしの場合は、さんざ話題にした書棚の積本どもはもちろんのこと、たとえば鏡のうしろに陣取っているチンパンジーのぬいぐるみだったり、あるいはペン立ての影にかくれていた三面怪人・ダダのソフビだったり、へたしい「生き物」のかたちをとった有象無象がわんさかおるもんで、みょうな視線が四方八方とびかう始末です。

そんななか、ふと強烈な霊力を従えて視界に飛び込んできたのが、ダダの手前のペン立ての、デニム地の布ポケットにぞんざいに突き刺さったモンブラン(Montblanc)の万年筆でありました。これは、地元・福岡でいまなお健在な祖父がいつぞやのタイミングで(正直記憶が定かでないが、おそらく大学受験に合格したときか、あるいはそののち上京が決まったときやろか)わたしに贈ってくれたもの。

当時、おそるおそるペン先にインクをふくませたわたしはその扱いの難しさにすっかり芋を引き、ろくに書くこともせずしまいこんでしまったのだった。指先はインクでべたべたに汚れるし、紙に残すことができたのは宇宙人のダイイング・メッセージのごとくのたくった、文字ともつかぬなにかであって、おお、これはとうてい18歳のぼんくらボーイが扱えるようなシロモノではなかったのです。

万年筆をお持ちの向きは、しなやかな膨らみをもったペン軸をそろりと握りしめ、真っ黒に満ちみちたインク壺にその先をひッひたす……瞬間の、不思議な緊張をご存知かと思います。これはボールペンやメカニカルシャープ、鉛筆やマジック、とかく思いつく限りの筆記具をもっても感ぜられぬ、まこと万年筆だけに宿る種類の霊体験。まるでハリー・ポッターの魔法の杖のごとく、持ち主を選ぶような気高き性格をもたたえた道具が万年筆よ。

ともあれあらためてそのモンブランに向き合ったわたし。野暮と知りつつ、ついそのブランドのWebページをのぞきました。そしてすぐに、「よかったねえ、とてもいいブランドなのよ」と母が言っておったなあ、それくらいの知識しか持たなかった今日までの自分を恥じたのでした。

具体的な金額を書くのも品がないのでひかえます。けれど祖父がなにげなくわたしに手渡してくれたその万年筆は、ぼんくらボーイの予想をはるかに超える高級な一品で、その当時祖父の心情を慮ることもなかったこの頰を強烈になぐりつけられたよう。目を剝いてなんどWebページをみなおそうとも、いち、じゅう、ひゃく、せん……、おお、もはやその数字はおそろしい厳格さで浮かび上がっており、わたし、膝から崩れ落ちるばかりです。「筆記具の最高峰」とまで書いてあるやんよ!

思えば祖父は、自身の母校へと進学した後輩たるわたしに並ならぬ期待をかけてくれていたのかもしれません。遅れてきた感慨でもって、ずしりと重さを増したように感じられるそのペン先には「4810」の数字が刻印されていました。公式Webによれば、この数字は「最高品質の証として、モンブラン山の標高を示して」いるそう。

まだまだ満足に扱うことはできぬ、畏怖の対象でもあったそのモンブラン。けれど、まさしく登山にも似た「ことばと向き合う」営みのなかで、これ以上ない相棒になってくれそうな予感がふと湧いてきました(現金なことよな)。とかく、もういちど上手なインクのさし方からね、学び直してみたいと思います。それから祖父にも電話をかけよう。


おしらせ

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