【B.N.18】視写しなん者、鼻もげら(Sandwiches / 2020.4.26)

(この記事は2020年4月26日に投稿した内容をそのまま再掲したものです)

いつかのInstagramにちょいとあげたのやけど、もっか『将太の寿司』ばかりが並ぶマイ・デジタル・ライブラリです。お寿司っておもしろいんやなあ。いつか回らないお店にも行ってみたいやなあ……。

そんでとろとろと電子書籍ストアを徘徊しておるうちに、あの「青空文庫」から有志が電子化した作品を無料でダウンロードできると知りました。著作権の失効した、芥川龍之介やら、太宰治やら、翻訳ものならボードレール、カフカなど、国語便覧をひらけば必ず説明書きがあるような、名の知れたラインナップが公開されているのです。手元に書籍があるものも、ないものもあって、たとえば柳田国男の『遠野物語』『山の人生』などは未読やったのでうれしい。さっそく喜んで落としました。

ただしそれらはそれなりの文量があるし、さくりとクッキーをかじるように読むわけにはいかぬ。短めのものはないかしら、と探るうちに目に留まったのが芥川龍之介の『鼻』でありました。上京のさい、少ない手持ちに集英社の『日本文学全集 28 芥川龍之介(1972年刊行版)』を加えていたわたしは「『鼻』ァ? んなもん読んでらあッ!」と鼻をふごふごさせつつ、それでも活字とデジタルと、読み味の違いをためしてみるのも一興やないか、なんて軽率なもくろみで「ダウンロード」ボタンを押していたのです。

じっさいに読んでみると、まあ短い小説だもんだから期待したほどの違いも感じやせんし、はい読みました、と淡白なもの。ただここで、ひとつのアイデアがひらめいた! 電子書籍のいいところは、ページを手で抑える必要がない、読みづらい字はズームしたり、みやすく明るさを調整したりもできる、というふうに身体的なストレスを極力減らしてくれる点にある気がします(その「ストレス」こそが、本というメディアのもたらすここちよい種類の負荷体験であると承知しつつ……)。と、これはつまり「うつしまるくん」にぴったりかんかんではないやろか。

わたしの脳裏に浮かんだのは小学生のころ毎年のように苦しめられていた一冊の課題ドリルで、表紙に忍者のかっこうをした男の子がわらっておるそれであります。みなさんご存知でしょうか。知らん、という方に説明いたしますとこの「うつしまるくん」はいわゆる視写をおこなうためのもので、お手本の文章をみてひたすらそれを書きうつすといったタイプの教材です。だいたい学期の最後にあわせて教材のラストパートにさしかかり、たとえば「ごんぎつね(新美南吉)」のような作品を最初から終わりまで、手でうつさねばなりませんでした。わたしはこの課題がしぬほど苦手だったもんで、なんどもワアとうっちゃり放り、未提出のまま押し切った記憶があります。

この #stayhome シーズンにあって、わたしは少しのあいだ音楽から離れた場所でことばと向き合うこころみをつづけてきました。といっても大げさななにかではなく、ただいつもに増して読み、書くとそれだけのこと。積み本を崩し、電子書籍をかじりつつ、このnoteだったり、また外には出さぬであろう駄文をMacBookにつづってみたり。そんななか、どうにもカンを掴めずにいたのが小説の文章における描写のバランスやったのです。なにを、どんくらい書き込むのがいちばんcoolなのんか、それがぴんとこなかった。

そこで、いっそ名文と呼ばれる文章をまるまるトレスして、その筆の運びを体に刻んでみてはどうだろう。と、そんな考えにいたったのでした。けれども紙の本をかたわらに、ページをおさえながら原稿用紙に向かうのはそれこそ投げ出したくなるほどの苦痛やろうし……ねっ、もうおわかりでしょう。タブレット端末ならばページを押さえる必要はないうえ、あかるくみやすく、しっかりテキストを表示してくれるので、まこと快適に「うつしまるくん」できそうなんである。

わたし、さっそく原稿用紙とエンピツを引っ張り出して、タブレットに『鼻』をうつしてみました。「禅智内供の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。長さは五六寸あって––」。そしてああ、なぜこれほどまでに「うつしまるくん」が嫌いやったか、そのシンプルな理由を思い出したのでした。

数行写しただけで、エンピツをもつ手がまあ痛いこと痛いこと! 今となっては使うこともめっきり減った、その素朴な筆記具を扱うだけの筋肉はとうにしぼんでおったようなのです。とても仕事にならんので、そうそうに放りだしてしまった。ほんとうならば、長い鼻を踏まれた内供のごとく「痛うはないて」と返したいところだけれど、いまこのキーボードを打つあいだにも手首はずきりと泣いておる。けっきょく小学生のころからなまけた性根は変わらぬままか、これは僧侶か、あるいは視写をきわめたあの忍者のもとで、修行をつまねばならんのか……。


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