【B.N.19】春の気分はだれのもの(Sandwiches / 2020.4.27)

(この記事は2020年4月27日に投稿した内容をそのまま再掲したものです)

四月も気づけば最終週、まだすこしひんやりした風はふくけれど、ルームシューズを履く足がめっぽう汗ばんで陽気なことです。部屋のなかにいるばかりではどうにもうつろう季節に鈍ウくなってしまいますが、しかして着実に、春もその色を変えているようやった。すこしずつうれいとうるおいを帯びる季節であります。

このnoteの文章を綴るベッドの上、ひとつの詩がぼうとあたまに浮かびました。

春の朝

 

すずめがなくな、

いいひよりだな、

うっとり、うっとり

ねむいな。

上のまぶたはあこうか、

下のまぶたはまァだよ、

うっとり、うっとり

ねむいな。

1984年/JULA出版局刊/金子みすゞ『わたしと小鳥とすずと 金子みすゞ童謡集』p.34より

どんぴしゃりと春の朝の気分をあらわした、素朴なことばづかいがすてきです。そういえば、ほかにも連想された「春」の作品がある……以前もちらりとふれた書棚の『ムーミン・コミックス』シリーズコーナから、そのまま「春の気分」というタイトルの作品が収録されている巻をひらいてみました(ちなみにムーミンといえばトーベ・ヤンソンの小説作品が代表的ですが、そのトーベ・ヤンソンと弟のラルス・ヤンソンのふたりが新聞紙に連載していたのがムーミンのコミック・シリーズです)。

この「春の気分」は、ムーミン一家のご近所に住んでいる、フィリフヨンカという名前のまじめでお高くとまった女性キャラクターにスポットをあてた連作です。あたたかい春の訪れにうかれるムーミン一家。お昼寝したり、小川にダムをつくって遊んだり、のんびり楽しんでいました。ところが、フィリフヨンカは春こそ勤勉にはたらくべき、大掃除の季節だと考えており、「怠け心はすべての悪徳の母ですよ!」とうるさくムーミン一家を追いかけ回すようになります(彼女に怒られないよう、さも仕事をしているような顔で木の皮や岩を磨くムーミンたちがおかしい)。それをうとましく思ったムーミンママは、「あのひとの心に春の気分をめざめさせるの」と、クロッカスやタールぬりたてボートの木くず、ツルの綿毛といったあらゆるエッセンスをつめこんだ春の煎じ薬をつくってフィリフヨンカにかがせます。すると効果てきめん、フィリフヨンカは家事も子供の世話もほっぽりだして踊りだし、ついには文通相手のランドリーという紳士に恋をしてしまい……それから、かわいらしいドタバタが二転三転、くりひろげられるのでした。

濃い春の芳香にあてられて、なにも手につかなくなってしまったフィリフヨンカ。お手伝いさんの呼んできたお医者に「ふむ はあ 調べてみるまでもありませんな」「急性の春感覚症ですよ」と診断される場面がでてきます。もちろんこの「春感覚症」とは架空の病名ですが、まもなくびゅん、と飛び交うであろう「五月病」なんて言い回しもあるとおりでその類。なんだかふわふわうかれちゃうよな、そんなmoodは誰しもが感得しうるものでしょう。

しかして、現実のわれわれはそんな「春感覚症」めいたかわいらしさなどみじんも持たぬ病におびやかされながら過ごしています。先の見通しも立たぬなか、それでものんべんだらりと #stayhome を実践できる贅沢をかみしめつつ……ムーミンのように、岩を磨くふりをしながら小川にダムをつくってあそぶ? それもいつかはよかったけれど、今だけは、せめて手元の石石たちの手ざわりや、重さをみつめて積まねばなるまい。それがただのkilltimeとしてではなく、あらたな季節をみちびく清流の、里程標になることを願って。(あるいは)お高くとまったフィリフヨンカに、水をあけられないように。


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