【B.N.29】じゃがいもごろりと煮るような(ft.『Crunchy Leaves』)(Sandwiches / 2020.5.7)
(この記事は2020年5月7日に投稿した内容をそのまま再掲したものです)
昨日はおそろしい雷の音にびくついておりました。少し夏の兆しが見え始めたかと思えば、また身震いするような冷気がちらりと舌を出しとるもんで「風邪をひいてはたまらん」とTシャツに毛布をおっかむったままキーボードをたたいております(さあ毎度、このような導入をする必要があるのかはなはだ疑問なれどもよ、儀式的なものとしてお付き合いくだし……。)
隔日の「楽曲紹介」、引き続き2016年リリースのデビューアルバム「Orang.Pendek」から、今日はM4『Crunchy Leaves』であります。
先日から、描写、イメージの跳躍、なんてことがらを指先でつっつくような文章を書き連ねてまいりました。その点この『Crunchy Leaves』は、バラバラなpictureを次々と並べてゆくというより、もうすこし地に足ついた歌詞の流れが存在しているようにも思えます。「Crunchy Leaves=枯れ葉」と宣うタイトルが示唆するように、季節の変わり目、そのちょっぴりそわそわするようなフィーリングが主となる話題でしょうか。
そういえば以前、「春の気分」にまつわる文章も書いておりましたね。ぜんたい、四季と言ってもぱっきり直線で四分割されているようなものではないし、当然ながら濃淡おりまざったグラデーションをもってじんわり色を変えてゆくわけで、しかしてそんなささやかな機微をわたしたち、妙にびびっと敏感にキャッチできるもんやから愉快なことです。
最近、あまり気張らぬ読書がしたいという気分のときにひらく一冊の本があります。『すてきなあなたに』(大橋鎮子 / 暮しの手帖社 / 1975年)という、雑誌「暮らしの手帖」の創刊人でもある著者が、同誌に連載したコラムをまとめたもの。一冊には全部で十二の章が収録されており、「一月の章」「二月の章」……と、季節によって話題も移ろっていくような、そんな構成になっています。
最初は季節感を無視してよみはじめ、けれどもちょうど「四月の章」くらいまできたあたりで、むむ、これは急いで読み切る種の本ではない、と気づきました。むしろ一日一文、その月のおのれと同調させながらゆっくり味わうような、そんな向き合い方がぴったりだという風に思えたのです。
わたしがいま読んでいるのは第二巻の『すてきなあなたに 2』(1988年)。せっかくなのでここで「五月の章」を開いてみましょう。たとえばいちごジュースの作り方や、フランスの「ミュゲの日」についてなど、いくつも可愛らしい話題がのぼっていますが、そのなかからふいに目に留まった「新じゃがの煮付け」という文章を引用します。
新じゃがが出はじめると、毎年きまって、おなじことを考えます。今年もあんまり、おいもが大きくならないうちに、丸ごと煮つけて食べましょう。
トリ肉や牛肉なんかぜんぜん入れないで、甘辛に、こってりと、おいもだけを煮る……。
ヒラヒラの薄皮が少し残っていても、それもまた計算に入っているのです。
なかみがむっちりしていて、濃い味つけが、それにぴったりです。ほんとに、やさしいようで煮るのがむずかしい、でも初夏には、ぜひたべたいおかずの一つです。
(『すてきなあなたに 2』大橋鎮子 / 暮しの手帖社 /1988年/130p.)
と、これは特に短いほうの文章やけど、このようなささやかなお話が穏やかな筆致で一冊つづいているご本なわけです。そこには、過度な感傷や、あるいは見栄っ張りな自意識や、とかく鼻につきかねないえぐ味を排したような、日々おきる世界との交信、その素直な感応の軌跡がつづられているように見えます。
最近槍玉に挙げられがちな「ていねいな生活」的価値観、糸井某氏のような物言いは幻想だとわたしは考えています。非常に乱暴な言い方をすれば、そうした言説においては「日々の平坦さ」のなかで見つけ出す「ささやかな喜び」こそ「幸せ」、そんな図式があるのだろうと思ったりもするのですが、そこにはどこか無気力な、諦観のかほりがあるような気がしてしまう。
『すてきなあなたに』においては、そもそもそんな「平坦さ」で表されるような起伏を意識するわけでもなく、また、起こった出来事を「これこそ喜び、幸せ」と礼賛するわけでもなく(それらは上に書いた「えぐ味」と同質のものととらえます)、ただただ生きる季節の機微を感じ、自分のことばで打ち返す。そんないきいきとした筆致こそ魅力的に感じたのでありました。
(ただ一点、むしろ「ていねいな生活」的価値観のさきがけがこの『すてきなあなたに』や「暮らしの手帖」であるのかもと気づいてしまったのやけど、どうなんでしょう。不勉強を恥じつつ、今日はそうした文脈を調べて書くまでには至りませんでした。お許しください)
だからわたしも新じゃがのようにぽっくりしたなにか……感情か、出来事か、マンボジャンボか……をみつけたら「大きくならないうちに、丸ごと煮つけて」みるような、そんなやりかたでおのれに取り込んでみたいと思うのです。それは「やさしいようで煮るのがむずかしい」こと。でも、うまくいけばとってもおいしくいただけそうじゃないですか。どうやろか。
おしらせ
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