#23 ハンドルは誰の手に

maco maretsとして第6作めとなる新アルバム『When you swing the virtual ax』のリリースからはや1週間、ぽつりぽつりと嬉しい反応・感想のメッセージなどをいただく機会もあり、決して多くはないがゆえに得がたいその言葉ひとつひとつに喜びのため息をもらしつつ、どうにも曇りがち、塞ぎがちな6月の空にあてられたか、ぐずぐず自宅で過ごす午後の時間は油膜を張ったようで、どうにも爽快な気分とはいかないところがまたおのれ自身の性質なのだった。

とまれ決してネガティヴに陥っているわけではなくて、言うならばぐずぐずな方がデフォルトなのだ。作品を作ってリリースするまでの間は一種の躁状態にあったのだろう、一連の過程を終えて鬱屈した本性に「帰還した」ような心持ちでさえあり、それはこれまで何度となく繰り返してきた手続きだった、ばたばたばた……雨中でワイパーを止めてしまえばフロントガラスはたちまち水滴に埋まってしまうのと同じ、そうだ、わたしにとっての制作作業はひとときのあいだ明瞭な視野を確保せんとガラスを拭う、ワイパーの反復運動にも重なるような気がしている……動作は単純、されど運動し続けなければ前は見えないし、ドライブできないというわけだ。

わたしは生粋のペーパー・ドライバーで、免許証を取得したのは6、7年前だったか、もう覚えてないけれど以来一度もまともに運転をすることがなく、運転をしないということは違反も起こり得ないわけで気づけばゴールド・ライセンスに昇格しており、しかし教習所を出て5年以上も経てば運転のイロハなどとっくに抜け落ちているしその状態で公道に出る勇気などあるはずもなし、いま「公道」と打ち込もうとすると先に「行動」とPCに変換されたが一緒のことね、ついぞ己でハンドルを握ることを避けてきた。

それはきっと、レトリカルな意味でもそうだ。たとえ視界が明るくなったとして、その場からドライブする力を自分は持っているのか? 根が生えたようにただただシートに座り続けることしかできないのではないかしらん?

新アルバムのリリース日に公開したミュージックビデオ『Jets (feat. 18scott & TOSHIKI HAYASHII(%C))』では、まさにぼんやりと車のバックシートに座るわたし・maco maretsの姿が映し出されていて、もちろんディレクターの河澄大吉と事前の相談を重ねた上で決定した内容ではあったけれどもあらためて完成した画面を見るとずいぶん皮肉な絵面でもあり、なんでかって『Jets』という楽曲のありようをある意味でとても直截にあらわしているように思えたからだった。

※MVはこちら→https://youtu.be/8znB7bcYWl4

 
 

このビデオの中で、わたしが乗る車のハンドルを握っている人物がいる。『Jets』に客演としてラップで参加してくれた18scott(ジュウハチスコット)その人だ。もうお分かりかもしれないけれど、彼は劇中における単なる運転手の役割に留まらず、楽曲そのものをドライブさせる、疾走に導く存在なのである。わたしが手放したハンドルを代わりに握っているということ、それはつまり、『Jets』という曲の行先をも彼、18scott氏が握っていたということに他ならない!

ここで歌詞を全文引用すると長ったらしくなるのでやめるが、maco maretsのパートはある意味いつも通り、結局は同じ場所をぐるぐると辿るようす……「わたしの小さな声では 大きなriverのなか かき消されていくだけ?(中略)列車の心で we're just running in the circles」というフレーズで終わる。環状線のように閉じられた輪のうちをめぐるイメージのなか、行動すること、答えを出すことを放棄するような、諦観の色が滲んでいる。

しかし続く18scott氏のパート、彼は「いずれは成るそれ相応の形/ただ攻めていく今飛ぶ鳥落とし/変わる景色 藤沢の街みたく 全て受け入れていくだけ/爆った過去も自分の一部/助走をつけて越えていく壁」と力強く言い放つ。わたし・maco maretsが一箇所に留めおいた楽曲(の態度するところ)を受け取ったうえで「攻めていく」、閉鎖的な現状を打ち破り「越えていく」と歌ってくれたのである。

このラップを受け取ったとき、わたしはとても感激してしまい、刻み込むように繰り返し繰り返し聴きかえした。臆病な自分はその場に留まるばかりであった、それが、彼の言葉がまさにドライバーとなってはじめて、楽曲が「走りはじめた」ような感覚があったのだ。これまでさまざまなミュージシャンとコラボレーションを繰り返してきたけれど、これほどがっしりと腕を引っ張ってくれた相手ははじめてだったかもしれない。

ここで明かせば、そんな推進力、まさしく曲名にもあるようなジェットの噴出を期待した上で客演のオファーをしたところもあった。18scott氏とはこれまでも何度かライブイベントなどで一緒になる機会があり、その力強いラップスタイルに惚れたわたしはいつか共演をしたいとひそかに企んでいたのである……ただただぼんやりするばかりのmaco maretsを、彼ならば無理くりでも突き動かしてくれるはずだと……自分のパートで行き先を放棄するような歌詞を書けたのも、氏に対するそんな直感と、信頼があってのことだ(などと書くと、なんだか自分にいいように言っているようで悪いのだけれど)。

他人任せな態度のわたしに、こうして全力で応えてくれた18scott氏には伏して感謝したい。また、素晴らしいトラックを提供してくれたビートメーカーのTOSHIKI HAYASHI(%C)さんにも同じく感謝を。まったくタイプの違うラッパーふたりが共存できたのも、%Cさんの絶妙なバランス感の上に成り立つサウンドであったからこそだと思う。

それから河澄大吉くんをはじめとするミュージックビデオの制作チームに最大のリスペクトを。繰り返しになるが、『Jets』において浮き彫りとなったわたしの卑屈なスタンス、それを的確に映像として表してくれた手腕はほんとうに素晴らしかった(と書いてみて、とてつもない嫌味のように読めてしまったがその意図は一切ない!)。なんせ最後までピントの合わない、輪郭を曖昧にしたままのmaco maretsだった。それはつまり、どうしようもなく怠惰で、明確なスタンスをとることを避けつづけたわたしの姿そのものだ。

今作がなんらかの運動を描くことができたとすれば、それは自分の手放したハンドルを代わりに預かってくれる人々が居たからである。そのありがたさを噛み締めつつ、けれど、再びわたしは問わねばなるまい。このままで良いのだろうか? なんだか働いているふりでワイパーを操作してみるだけでなくって、もう一度ハンドルを握ることはできるだろうか。

縦列駐車が大の苦手で、規定の回数を超えて切り返したあげく技能試験に落ちた記憶が蘇る(あろうことか、それで二度も不合格になった)。あのときから変わらぬ逡巡の上、迷いながら、それでもおのれをドライブし続ける勇気を思い出すことが先決だろう。今のわたしは『Jets』というパワフルなサウンドトラックを手に入れたのだ。今度こそびゅんと走ってゆける、そんな予感がもたげている。


おしらせ


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