【B.N.28】返事がくるまでおすきに投げて(Sandwiches / 2020.5.6)
(この記事は2020年5月6日に投稿した内容をそのまま再掲したものです)
5月に入るも状況は変わらず、「宣言」は延長され、しかしてどこか弛緩したような空気のただようなかで……初夏の香りを見いだしつつも、平坦な気分と起き出す今朝です。
この在宅期間になってからよく読書をするのやけど、こないだ読み終えてとても印象に残った一冊、『あとは切手を、一枚貼るだけ』(小川洋子・堀江敏幸 / 中央公論新社 / 2019年)から今日はお話ししようと思います。
この作品は上に挙げたようにふたりの作家による合作であり、内容も、ふたりの男女が代わる代わる相手に宛てて書いた手紙の体裁をとっています。ふたりの過去に何があったのか? と、一応謎解きめいた仕掛けもあるのだけれど、わたしはそのあたりはあまり問題ではなく、むしろ各章でぽつりぽつりと語られる話題にこそ魅力がある作品だと感じました。
この男女はおたがいにさまざまなモチーフを拾いながら、それらを互いの記憶に縒り合わせて語ってゆきます。そのモチーフ、取り上げられるトピックは非常に多彩で、ときに突飛とも思えるジャンプを繰り返しながら読者をつっついてくる。
これから読む方の興を殺がぬようにあえて乱暴に書き出してみれば、ドナルド・エヴァンズ、アンネの日記、宮沢賢治、オペラ「薔薇の騎士」、パブロフの犬、宮古島の船舶気象通報、まど・みちお、などなど、その話題はまさに多岐多岐にわたります。
ここでひとつ注釈として述べるとすると、この作品が書き下ろしではなく、もともと文芸誌に連載されていたものであるということが多少なりその性質に寄与していると言えるのかもしれません。わたしはいま、単行本でひとつながりの作品として読んだ印象をもとにお話をしているのでなんとも言えぬ、ですが当時はどうだったのかしら。気になります。
加えて、この作品の面白いところは、たしかに物語の登場人物である男女のやりとりとして書かれていながら、同時に小川洋子・堀江敏幸の両作家による対話の軌跡とも受け取ることができると、そのあたりにもワンポイントありそうです。まさに往復書簡のようにしてふたりの作家がつむいだ文章だからこそ……跳躍を繰り返しながら、それを互いにやさしく、でも鮮やかな方法で拾い、投げあった結果、その軌跡がぜんたいとして美しいイメージを描き出しておるのでしょう。
昨日、「さまざまな描写の跳躍がぜんたいとしてどんなイメージをかたちづくるのか」と書いたまま終えていました。自分の楽曲制作にひきよせて考えてみると、『あとは切手を、一枚貼るだけ』での男女(あるいは小川洋子・堀江敏幸両氏)の関係というのは、もしかしたらわたしのrapの、ことばと音との結びつきに似ているのかもしれません。
この「Sandwiches」で繰り返しふれた通り、バックトラックのもたらす印象というのは、歌のことばと同じくらい、あるいはそれ以上に豊かな拡がりを持っており、それは音楽の、言語を介さぬ特質のなせるわざだと考えています。以前はロケットブースター、ジャンプ台のようなものと書いたけれど、もっと素直に明快に、例えてみれば野球のキャッチボールのようかもしれぬ。
曲を書くとき、そこにあるバックトラックにむかってわたしはことばを放り込んでゆきます。それは「もしもわたしがピッチャーならば」で書いたように、ノーコンの大暴投でも許容されるときもあるけれど、それだって、そのイメージを拾い上げ、投げ返してくれる音があるからこそ。描写の跳躍がうまくゆく瞬間というのは、一見とっぴにみえたとしても、その着地の先がしっかり存在していたときなのでしょう。
ときに、ことばをつづる作業とは際限のない暗闇にむかってボールを放りつづけるように恐ろしいもの。それでもふい、と投げた先からたしかな感触が返ってきたとしたら……その軌跡のえがくイメージは、単なる受け答えを超えたゆたかな交信をつづけるための、手がかりくらいにはなってくれそうです。
●本日の一冊:アクテルデイク探訪――FOOTNOTE PHOTOS 02(via wwalnuts叢書11)
『あとは切手を、一枚貼るだけ』の序盤でとくに印象的に取り上げられるのが、生涯にわたって架空の国の切手を描き続けたという画家、ドナルド・エヴァンズ。参考文献として平出隆の「葉書でドナルド・エヴァンズに」を手に入れようと思ったら、Amazonで12000円(!)もするので、その一部を再編集、したと思えるこちらを購入してみました。
すると、届いたのは単行本サイズの大きな封筒。なかには絵葉書のようにおりたたんだ、8ページの写真と文章が入っており、やや、仕様をろくに確認もせず注文したわたしが悪いのやけど、普通の書籍を想定していたので面食らった。それこそ、(Amazonの包装に包まれてはいたけれど)ふいに異国から届いた手紙のようで、驚きと同時に不思議な高揚をも感じさせてくれる作品でありました。
おしらせ
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